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2020年 2月号

津久井やまゆり園事件に思う


 2016年7月、相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」での利用者ら19人殺害、26人傷害という事件が発生し、この1月公判が始まりました。この事件が重大で異常だと思うのは、

@ 短時間に一人で大量に殺害(マスマーダー)した事件としては史上3番目の大量虐殺事件だということ。(あのオウム真理教の地下鉄サリンでも死者13人)
A 場所が本来安全であるはずの福祉施設であったこと。
B 犯人が介護職員であったこと。
C 裁判では被害者がほぼ全員匿名であること。

 この大量虐殺を可能にしたのは、一か所に大量の障害者(ほぼ無抵抗)を収容した施設の存在であることは明らかです。いくらセキュリティ態勢があっても内部に犯罪者がいる場合止めようがないでしょう。今回明らかになったのは絶対に内部犯行者はいないとは言えないということです。大量収容福祉施設そのものをなくす以外に手はないでしょう。

 犯人が介護職員であったことについてですが、残念ながら世の介護職員、全員が利用者、被介護者の命と暮らしを大切に思っているとは言いきれないことが明らかになった事件と思います。残念ながら、いくら研修と体験を積み重ねても、全員がそのことを理解することは困難であるとも思います。また、経済的、労働環境的に優遇されていれば良いのかというとそれもわかりません。むしろ介護職であること以前の、人としての価値観の問題であるように思うからです。

 人は様々な理由で介護職を選びます。もちろん職として選ぶのだから生活の糧を得るための選択です。私の場合40年以上前は介護といった直接人のお世話をする仕事は無理かなと思っていました。それでも人の役に立つ仕事はしたいと思ったので、福祉系の大学を選びました。卒業してからも介護職には抵抗があったのですが、気持ちが変わったのは子供ができてからです。オムツを変えたり、あやしたりする必要に迫られて、「意外とできるかも…」と思ってからです。直接仕事としたのは38の歳、今から27年ほど前になりますが、7人のうち5人は会話どころか意思疎通も難しい重度知的障害者といわれる人たちの「生活の場」です。私も植松被告のように生きている意味や生きがいについて日々考えながら暮らしました。

 私が植松被告と違ったのは、利用者の親を含めた取り巻く人たちとの人間関係に魅入らされたことです。利用者のちょっとした笑顔、成長を喜んだり涙したりすることで私自身が生きる意味や生きがいを学ぶことができました。それからの今があります。植松被告も「生きる意味を見つけるサインはすぐ傍にあったのになあ…」と思います。


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