2019年 11月号
高齢者の社会参加
「認知症とは、社会脳が壊れる病気である」(「社会脳から見た認知症」伊古田俊夫著)
「他者の心や気持ちを理解する」というのは人間特有の働きで、「目や顔、表情などの外観から人の心の内を推測するという能動的な働きにこそ、あらゆる社会生活の基礎があり、うまく社会生活を営む源になっている」と言います。介護保険をはじめとする従来の福祉や介護の対象になるのは、「日常生活を営む上で身体機能に不具合があって暮らしにくい」ということが強調されて、社会生活や心の問題、「人づきあいが悪い」「コミュニケーションが取れない」など社会性や心の問題は「個性」の問題とされ、「生きにくいだろうし、困ったことだけど仕方がないね…」とされてきました。認知症が問題になっても「記憶力が落ちた」などは問題になっても社会脳、社会性の問題だとはあまりとらえてこなかったのではないかと思われます。
2013年(たった6年前)、世界的基準にもなるアメリカ精神医学会での認知症の診断基準が改訂され、社会的認知の障害が診断基準の1つとして新たに加えられたというのです。従来は「記憶障害」が必ず認められ、それに加えて「失行・失認」、「失語症」、「実行機能障害」の3つうち1つがある場合に認知症と診断されていました。新しい診断基準では「学習と記憶」(記憶障害)、「言語」(失語)、「実行機能」(実行機能障害)、「注意」(初歩的な課題でのミス等)、「知覚―運動機能」(失行・失認、方向感覚など空間の認識が困難)に加え、「社会的認知」を正式に認知機能として位置づけ、その6つのうち1つ以上が明確に侵されて、生活上の障害が発生すると認知症と診断されることとなったのです。
社会的認知の障害とは、社会において人と人の絆、相互理解をうまく築くために必要な認知機能のことで、DSM−5では「感情の認識」と「心の理論」の二つを挙げています。具体的には、相手の表情から気持ちを理解する、相手の感情を理解する、共感し同情する、駆け引きをして競い合う、社会性・協調性を持つ、欲望や感情を理性的に抑制する、自分の気持ちを反省する、などです。何れも社会生活を営む上ではとても大切なことです。介護者の中では「記憶がなくなっても社会的認知に問題がなければ気持ちよく介護できるのに…」というのがよくあるのではないでしょうか。もともと社会脳の研究は、自閉症などの発達障害の研究が先行していたようです。自閉症の特徴は「社会性の障害」「コミュニケーションの障害」「常同行動(こだわり)」ということですから、そのことが認知症の理解にもつながったということでしょう。
こういった診断基準の変化が、つい最近であることから長年の謎が解けました。障害福祉では日常生活支援と社会参加が必ず対になって語られるのですが、高齢者介護(介護保険)では、社会参加が一切語られない理由がそこにあったのかと気づいた次第です。もちろんまだ日本の制度改革にはつながっていませんが、認知症が一部の問題ではないことが認識されつつある現在、高齢者の社会参加、支援が提唱される日が来るような気がします。