有限会社 ヒューマンリンク

 

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2019年 10月号

「聴いているつもり」


 先日ある研修(SDGsに関する研修)に参加して、改めて「そうだな…」と思うことがありました。傾聴、共感的理解についてです。  私の理解としては「相手の立場になって考える」「自分の意見を差し挟むのではなく、相手の言い分を聴く」そして、同情するのではなく「〜ということであなたはそう思うのですね」と共感的に理解をするということでした。しかし、その研修では、「いろんな経験が多くて自信のある人にありがちですが、相手の話を聞いているようで『先に反論』を考えているということがあります」という話でした。

 その研修の内容は別として、その言葉が妙に引っかかりました。考えてみれば私も64歳、学生運動、労働運動、ボランティア、会社経営と様々な経験を積み、それなりに自分の考えというのがありますので、人と話すときについつい「反論を先に考えている」という姿勢になることがあります。そんなときは聴くより前に自分から喋ってしまうことが多いようです。後から考えても、それが「正しかった」と思う時もありますが、それは決して「傾聴」と呼べるものではないでしょうね。つまり、自分の考えを押し付けているだけなのですね。

 今、孫が二人います。まだ二歳か三歳なので、考えを押し付けることは簡単だし、強制的に云うことを聴かせることもできます。でも、二歳、三歳でも自分の言い分、論理というのがあります。こちらがそれをしっかり理解したうえでこちらの言い分を伝えないと、空虚な時間がただ過ぎてゆくことになります。そこでこちらが辛抱できなくなると、「しつけ」という名の暴力で相手を強制するという事態になりがちです。

 児童虐待、いじめ、引きこもり、従来の社会的課題「貧困と疎外」といっただけでは収まらない多様な社会問題が連日報道されています。自分の「強引さ」に気づいたとき、決してそれは他人事ではなく、いつ自分が加害者もしくは被害者になってもおかしくない問題です。他人事としてではなく、どれだけ謙虚にそれらの問題に向かい合う事以外に解決の方法はないように思います。 SDGs=エスディージーズ (持続可能な開発目標)


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