有限会社 ヒューマンリンク

 

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2015年 3月号

人は悲しいほど誰かの役にたち...


 一昔前は高齢で直近の出来事を忘れたり、時間や場所の感覚がずれたりしだすと「ぼけてきた・・・」と言ったものです。最近は「認知症」だというそうです。ある本で気づいたんですが、「呆け」というのは「惚け」でもあり、恋をしてもなる「ある状態」を示す言葉でそれが病気から来ているのか、老化から来ているのか、生まれつきなのかを決め付けた言葉ではないんですね。ところが「認知症」というと「症」ですから「病気」ということになるんです。病気というからには治療が必要、薬が必要ということになります。薬とは言っても現在使えるのはエーザイが作った「アリセプト」くらいで、それも「アルツハイマー型」といわれる認知症にのみ「効く」といわれているそうです。「これはひょっとして製薬会社と医者の陰謀ではないか?」と勘ぐるのは私だけではないようです。(「家族よ、ボケと闘うな! 誤診・誤処方だらけの認知症医療」長尾和宏/近藤誠著 ブックマン社)
 私事ですが、今90歳になる母親もご多分に洩れず「物取られ騒動」はありました。そこそこのお金が入った財布が無いというのですが、私と探して布団の下や引き出しの奥等から出てきました。何年か前に脳梗塞も患っているので、血管性の認知症といえなくも無いのでしょうが、敢えてそんな言葉は使っていません。 私も「しょっちゅう」忘れ物をしていますので、偉そうな事はいえないわけですが、60年近くしてきたお金の管理が出来なくなってきたこと、自分が仕舞いこみ過ぎて無くしたのをなかなか認めたくなくて、他人が取ったと言っていたようです。今は大きなお金の管理は自分ではしないことにして、トラブルはなくなりました。老化とは出来ないことを認めてゆく過程のようです。
 他人事ではありません。私も還暦になり「老人」の仲間入りです。これから先「歳を取れば、否応なく周りの手がなければ生活が出来なくなっていきます。それが、少しずつ増えていくのです。人を見るたびに『ありがとう』と頭を下げなければならない人生が始まるのです!」
 感謝の気持ちが大切というのは良くわかります。間違ったら謝らなければならないことも良くわかります。けど、「常に、周りに『ありがとう』しか言えなくなった認知症の方も、本当は『ありがとう』と言われたいのです。感謝されることで認めてもらいたい、自分はまだ大丈夫だと思いたいのです。」
 「人は、悲しいほど誰かの役に立ち、認められたいと思っているのです。」

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