有限会社 ヒューマンリンク

 

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2014年 9月号

この夏の出来事


 ♪ドブに落ちても根のあるやつは いつかはハチスの花と咲く…
ご存知「フーテンの寅」の主題歌の一節です。私はこの節が好きで、何故かいつも心に浮かんできます。このハチスの花というのはハスの花のことで、花が散った後の軸の様子から来ているようです。この夏、ハスの花を観に色々行きました。一番広かったのは滋賀県草津市にある「水生植物園 水の森」の端にある群生地(琵琶湖の端)でしたが、長崎県の島原城の堀は一面ハスでした(花は終わってましたが)。かつては嫁の実家、丹波篠山の篠山城跡の堀にもあったそうですが、今はヌートリアに襲われたそうで皆無です。
 2日ほどお休みをもらって長崎に行ってきました。目的は島原の乱の跡を見ることと、雲仙普賢岳(今は平成新山というそうです)を見ること、そして施設解体宣言、犯罪者更生施設の併合を目指すコロニー雲仙の見学です。
 行かんとわからんもんで、島原の乱の激戦地は島原城よりも原城といって島原半島の南部でした。熊本県の天草に近く、天草四郎の名の由来もわかりました。雲仙火山は今は落ち着いていて、泊まったのはとても良い温泉でした。
 コロニー雲仙はコロニーとはいっても、富田林にある金剛コロニーとは全然違って、早くから「施設をなくすための施設」としているだけあって、大きい施設(かつては牧場などあったそうですが)はなく、数十箇所のグループホームや生活支援施設と就労支援施設があるだけです。障害者の希望は立派な施設(それは職員と親が希望しているだけ… )ではなく、「おうちに帰りたい」にあることが明らかだから、施設の目的も普通の「おうち」の生活を支えることにあるということでした。
 短い旅行でしたが、私が今までやってきたこと(要介護者にとって必要なのは大きな施設建設ではなく、在宅生活を支えること、普通の居場所を作ること)は私だけが思っていることではないんだなあ… 。と思える旅行でした。
 明治維新の仕掛け人、グラバー邸も観てきました。さすがアジアを股にかけた武器商人、見晴らしの良いところに住んでいました。

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